―其ノ壱―

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 急に謝られ、千代は動揺した。彼女が何に対し謝罪しているのか、皆目見当が付かないからだ。 「その目、病気だったの? 邪魔かなと思って眼帯外したんだけど、私余計なことしちゃった?」  謝罪の理由を理解し、千代は自分の右目辺りに触れる。確かに、そこにあるはずの眼帯が消えていた。  千代の右目の眼球は、特殊な色合いをしている。率直に言えば、白目と黒目の色が反転しているのだ。これは彼女が瞳に宿す“常時発現型”という珍しい言技の影響によるものである。確かに、何も知らない人から見れば目の病気のように見えるだろう。  この目に対し、千代自身多少のコンプレックスは抱えている。だが、見られることは別段問題ない。しかし、“見る”ことは問題が生じるのだ。  言技“千里眼”。それが七之侍において全てを見通す“目”を司る菊野千代の有する言技。ランクは“松ノ下”に分類される。  その能力は、右目で見た人の全てを見通すというもの。何一つ取りこぼすことなく、全てである。名前、生年月日、出身地、血液型等は勿論、見ようと思えばその人に関する過去から未来に至るまで。  だからこそ、千代は普段眼帯を付けているのだ。道行く人の情報で頭がパンクしないように。そして何より、親しい人に対しこのプライバシーも何もない言技を使ってしまうようなことがないように。  しかし、“見て”しまった。常時発現型である彼女の言技を宿す右目“千里眼”は、きずなの全てを見通す。母親との秘密の想い出から、幼少期の恥ずかしいエピソード。そして――きずな自身も知らぬ真実まで。 「……大丈夫?」  自分を見たまま固まっている千代に、きずなは心配そうな顔で声をかける。ハッと我に返った千代は「何でもないわ」と冷静を装い眼帯を付けた。 「あ、そーだ! 温泉行こーよ温泉っ! 私ももう一回入りたいし!」 「そうね。じゃあ、先行っててくれる? アタシも私用の電話一本入れてから行くわ」 「うん、わかった!」  元気に部屋を飛び出ていくきずなを見送ると、千代は俯き右目を押さえ、深い溜息を一つ落とした。 「……ったく、せっかくの休暇だってのに」  ここから、全ての幕が開ける。
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