―其ノ壱―

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 夏の日差しを浴びメタリックなボディをギラギラと光らせ、熱せられたアスファルトの上をぐんぐん進むワンボックスワゴン。触ると火傷しそうな外部とは異なり、冷房の効いた涼しい車内。毎年テレビやラジオで必ず流される定番の夏の歌を聴きながら、車は国道をひた走る。 「いいかお前ら。羽目を外し過ぎるなよ。子どもの失態は否応なしに保護者の責任になる。全くもって不公平な世の中だ」  隈のある目に若干こけた頬。それらの特徴を併せ持っているのは、ハンドルを握っている探偵・芦長十一。 「もう何度も聞いたっての。あ、次の信号左な」  芦長が度々口にする愚痴を華麗に受け流し、助手席に座る瀬野大介は地図を片手に目的地へのルートを指示した。いくら熱くとも、今日もきっちりと右腕に包帯を巻いている。芦長はフンと鼻息を鳴らしつつ、ハンドルを左に切った。 「このクソ暑い中、外に出る連中の気が知れんな。それに、十人乗りのワゴンのレンタルが一体いくらすると思っている」 「仕方ねーだろ。大人が一緒じゃねーと旅館に泊まれないんだよ。その代わり、旅館の女将ときずなが友達だから宿泊料金は格安。アンタもラッキーだろ?」 「いずれにしても俺は赤字だ」 「暗いなぁもう、あしながおじさんは」  大介と芦長の会話に割って入ったのは、後部座席の一列目にいる綱刈きずな。運転席と助手席との間に赤髪ショートカットの頭を突き出すと「はいどうぞ」と言って飴を大介と芦長に手渡した。 「おじさんではない。俺はまだ二十九……いや、先週三十になったが、おじさんではない」 「はいはいお兄さん。少しは外に出ないと体に毒だよ」 「毒も毎日少しずつ飲めばいずれ耐性が付く」 「屁理屈言わないの! そんなんだから尾行失敗しまくって仕事減るんだよ!」  言葉の暴力という名の矢が芦長の胸に突き刺さり、心を乱した運転手により車は危うくガードレールに突っ込みかけた。慌ててハンドルを切り危機は脱したが、車内は大きく揺れる。  その際、最後部の座席に座っていた村雲照子が大きくバランスを崩す。だが、偶然隣にあった大きな二つのクッションのおかげで無事に事なきを得た。 「わふっ! あわわ、すみません」 「構わないわよ。それより、怪我とかなかったかしら?」
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