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「はい、大丈夫です」
ずれてしまった眼鏡を正しい位置に戻す照子を気遣っているのは、二つの大きなクッションの持ち主である九頭龍坂育。彼女はある事件がきっかけてトレードマークでもあったポニーテールをバッサリと切り、今はおかっぱ頭をしている。
その様子を座席の背もたれに身を隠し見ている男が三名。我流三段活用を使いこなす、シャギーこと社木朱太郎。年がら年中フルフェイスのヘルメットを被っている風切速人。そして、オッサンのような外見をしている男子高校生、大山拳である。
「ついに見ることができるんだな……ウォレ、生きててよかった」
「ああ、共に夢を叶えよう大山。ハードボイルドにな」
拳が感涙し、速人が生唾を飲み込む。彼らが見たくて見たくて堪らないものとは、言うまでもなく育の豊満な胸である。今から向かう場所でなら、かなりの高確率で炎天下に晒されたそれを見ることができるのだ。
「果たしてそう上手くいくのかな。いくのかね。いくのだろうか」
不安の三段活用を呟くシャギーも、勿論育のそれには興味がある。だが、彼は照子に惚れているのだ。そしてシャギーが感じた不安は、その照子に原因がある。
「う……気持ちワリィ」
きずなの隣で弱々しい言葉を吐いたのは、夏が始まる以前より真っ黒に日焼けしていたギャル男、六原理将。どうやら、車に酔ったらしい。
「だいじょーぶリショー? 大介と席代わってもらう?」
「いや、もうそんなんで良くなるレベルじゃねー……ううっ」
「待て待てクソガキ! 吐くなよ! 絶対吐くなよッ! これレンタカーだからな!」
芦長が驚愕の表情でバックミラー越しに理将を睨みつける。しかし、ギャル男の限界は近そうであった。
「袋! 誰か袋持ってないか!?」
大介が助手席から後部座席の友人達に呼びかける。全員が一斉に手荷物を漁り始めるが、中々手頃な袋が見つからない。事は一刻を争うと判断した育が、委員長らしくハキハキとした物言いで提案した。
「仕方ないわ。風切のヘルメットで受けましょう。外しなさい」
「馬鹿を言うな! これは猛暑を乗り切るために新しく買った通気性抜群のヘルメットなのだ! シャギーが“蛇足”で手頃な桶でも出せばいいだろう」
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