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「残念だけど、僕の言技は付け足すものを選べない。キミも知っているだろう? だけどまぁ、試さないよりはマシかな。マシだよ。マシだろう」
というわけで、理将へ無慈悲な言技“蛇足”が発現される。ボワンという気の抜けた音と共に出現したのは、なんとバケツ。「奇跡だ」と皆がシャギーの幸運を称えた。
ただ一つ残念であったのは、バケツが理将の頭に貼り付いていたことである。
「意味ねぇぇぇぇっ!」
大介のツッコミが車内を震わせ、理将の吐き気を煽る。もう駄目かと誰もが諦めかけた、その時であった。
「私、酔い止め持ってきてますよ?」
最後部座席の天使が微笑んだ。
顔の左半分を包帯で覆っている少女・硯川叶は、この危機的状況に置いてもマイペースでのほほんとしており、露になっている右半分の顔を穏やかに緩めている。
酔い止めは通常乗車前に飲むものであるので、今の理将に飲ませたところでその効果は期待できないであろう。しかし、ないよりはマシだ。気休め程度のそれは言わば一筋の光明であり、その光に照らされた大天使カナエルは、スッとバッグから酔い止めを取り出した。
「……叶」
「なぁに大介君?」
「それ……二日酔いの薬だ」
理将、リバース。車内は阿鼻叫喚に包まれ地獄絵図と化す。
「リショーしっかり!」
「車内で吐くなっつっただろうがぁぁぁぁ!!」
「拭くもの! 拭くもの持ってないか!?」
「それより第二破に備えるんだ! 理将君、こっちへ!」
シャギーが窓を全開にし、冷房により程よく冷えた冷気が逃げていく。彼は理将を窓際まで誘導すると、バケツ付きの頭を窓の外に押し出した。
「ううぅ、最悪だ……ん?」
「どうかしたか?」
助手席の窓から顔を出し、大介が理将に尋ねる。
「アレ見てみろよ瀬野っち!」
理将は酔いも忘れて笑顔を輝かせる。
ゲロ臭いワゴン車に揺られる男女十名の視界の先には、青々とした海が広がっていた。
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