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「いや、何か強そうな雰囲気出てたから……まぁその、ごめん」
強打した右手の甲をさすりながら恨みがましげな目を向けてくるバートに、若干申し訳ないと思わなくもない。
「はいはい、二人とも次の試合があるからどいてどいて」
受付からレフェリーに転職した男がぐいぐいと俺とバートを台からどかし、代わりに次の対戦者を台につかせる。俺たちはそれをちょっと離れたところで観戦することにした。
勝負開始の掛け声がかかり、いかにも鍛えてますと言わんばかりの二人が肉体を正面からぶつけ合う戦い(比喩表現)が続く。それをぼけっと眺めていると、ふと脳裏をよぎったことがあった。俺は視線をやや下に向け、そこにある銀色のつむじに声を落とした。
「なぁ、バート。そういえばお前、腕ずもうの前になんか言いかけてなかった?」
訊くとバートはちょっと嫌そうな顔になった。なんでそれを思い出すんだ忘れてくれても良いのに、とでも言いたげだな。
しばらくじーっと見つめていたら、バートは観念したようにため息を吐いてぽつりぽつりと語り始めた。
「……ほら、三日前に、僕のせいで父さんが死んだじゃないですか」
「………………あぁ」
「何驚いた顔してるんですか。あなたがそう僕に納得させたんでしょう」
それは、そうだ。確かに俺は痛みと一緒にその事実をこの少年に刻みつけた。けれど、そんな何でもないような顔して言ってくるなんて誰が思うんだよ。
バートは自然な動作で視線を前方に向けた。そこにあるのは腕ずもうのフィールド、その奥に祭りの灯り。
多分こいつは、そのどっちも見ていないんだろう。
「僕には、父さんを死なせた責任があります。母さんを守ること、住民代表になって街の運営を切り盛りすること……後者は歳や経験の問題でまだできないんですが」
あぁ、ようやく気付いた。バートの声には数日前までなかったのにどこか芯が通っている。これはきっと、何かを決心したからだ。
「母さんを守るために、当面僕は強くなりたいと思ったんです。それでたまたま目についた腕ずもう大会に出てみたところーー」
「ーーこのスイ様にあっさりやられた、と」
台詞を奪ってやるとバートはあからさまに拗ねたような表情を浮かべた。
「いいんですよ。別に、今は負けたって。これから強くなればいいんですから。これは、そうですね。決意表明に過ぎません」
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