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「決意表明?」
「あぁいえ、深い意味はないんですが。何となく、区切りというか、明確な出発点が欲しかったんです」
「ふぅん」
その気持ちはまぁ、わからなくもない。自分に言い聞かせる意味でも、区切りってのは大事だ。
気がつけば、祭りの喧騒が遠くなったような気がした。バートと二人だけ、世界から隔離されたような錯覚。
「じゃ、僕はこれで。早く帰ってこいって母さんに言われてるんです」
が、あっさりとしたその言葉で錯覚は打ち破られる。バートはするっと背を向け歩き出そうとしたが、その余りに華奢な後ろ姿を見て俺は思わずその背中を呼び止めた。バートが訝しげな顔を向けてくる。
「えーっと……」
年長者としてなんかアドバイスの一つでもしてやりたいとこだけど、こいつは頭が良さそうだ。俺がパッと思いつくようなことはもう考えついているに違いない。
だけどどうしても、あの細い背中が気になった。重荷をただ背負うにはちょっとばかし華奢すぎる背中。
じゃあ、俺がこいつに贈れる言葉はこれしかあるまい。
「……辛いことでも、ちゃんと楽しめよ」
言うと、なに訳わかんないこと言ってんですかと一蹴された。ぐぐ、ホント可愛くねーなこいつ。
「けど、……ありがとうございます。今の言葉も、あの時の言葉も」
「あん?」
よく聞き取れなかったから聞き返そうとしたが、バートはすでに人混みに紛れて消えていた。どうやら腕ずもう大会の結果には本当に興味がなかったらしい。
俺はぼんやりと空に視線を投げた。さっきまで夕焼けで真っ赤だったくせに、今は染めたような藍色だ。俺はその藍色を目に映しながら、今はもういないやつのことを思い出していた。
ーーお前の息子は、もう大丈夫そうだぞ。だから安心して眠れよ。
そのとき不意につむじ風が吹いて、俺の前髪を払った。くるくると砂埃を巻き上げ、やがて夜空に溶けるように消えていった。
……まさか、な。
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