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「出たなお人好し。いいんだよ、手を出してきたのは向こうが先なんだから。『毒を以て毒を制す』ってやつだ」
「スイさんは毒素強すぎなんです」
そう言ってシャリルはまた呆れ顔になった。何かこいつの俺を見る目がラオに似てきた気がする。
「さて。わかっているな、スイ。重要なのはタイミングだぞ」
「あぁ。わかってる」
「タイミング? 何の話よ」
キョウと目配せしていると、ラオがきょとんとしたように訊いてきた。あれ? わかってないの?
俺はラオ、あとシャリルの視線を誘導するように酒場の各所に視線を巡らせた。
シャリルが飲みほした大量の酒瓶、ゴロツキがいなくなってすっきりした床、さっき暴れたおかげで散らかったテーブルや椅子。
それを元の位置に戻していた店主が不意ににっこりと笑ってこっちを向いた。
「ところでお客さん、お支払いについてなんだけどーー」
「やべっ! 逃げろーっ!」
「ボサッとするな、ラオにシャリル! ずらかるぞ!」
「え? わ、わぁっ!?」
「ひゃあっ!?」
手近にいたラオは俺が、シャリルはキョウが手を引っ張って逃走。我ながらなかなかの反応速度で酒場を脱出した。
「待て、止まれ! そこの四人! 食い逃げなんて冗談じゃない! お勘定ォォォォォ!!」
当然だけど、店主が追ってきた。
「ごめんって! ツケといて!」
「ツケるって誰に!」
「あのゴロツキたちにでも!」
「そんなわかり易い会計押し付けがまかり通るか!」
「……キョ、キョウさん! これどういうことですか!?」
「お前は知らんだろうがな、この酒は祭の時くらいしか振舞われない超高級品なんだ。二十本ぶんも払おうと思ったらちょっとした土地が買える」
「土地が!?」
「つ、つーか! だったらアンタ何パクってきてんの!? 『この酒』じゃないわよ!」
あ、本当だ。シャリルと手をつないでいない方の手に、ちゃっかり酒瓶が。
「でかしたキョウ! あとで開けるぞ!」
「無論だ!」
「話してないで止まりなさい君たちぃーっ!」
止まれるわけないだろ。払えるか、あんな莫大な代金。
俺たちは酒場のあった裏路地を全速力で突破、人ごみに紛れるように遁走した。
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