後の祭り

32/32
560人が本棚に入れています
本棚に追加
/414ページ
「わぶっ!?」 やがて急激な息苦しさに襲われた。雲に突っ込んだのだ。視界が真っ白に染まる。 背中に氷柱をぶちこまれたような寒さ、もとわりつくような湿気が俺の速度を奪っていく。肺に溜め込んだ空気が根こそぎ吸い取られているような錯覚。どこが上かもわからないようになって、それでも白い靄を掻き分けるようにして上へ。 そして、不意に視界が開けた。視線をあちこちに飛ばし、雲を抜けたと自覚した瞬間あるものが俺の目を眩ませた。 「……わーお」 思わず、動きを止めた。皮膚に張りついてくるべったべたの服も、髪も、その感覚はどこかへ吹き飛んでしまった。 俺が見たものは太陽だ。はるか彼方で、永遠に続くかと思われた左右の山が向かい合うように途切れている場所。その隙間から、朝を告げる日の出が顔を出していた。 「すっげぇなー……」 今もはるか上空で、あの黒い帯は動き続けているのだろう。それはマズイ。捕まえ損ねたら、ここまで上って来た意味がなくなってしまう。 頭では、そうわかっている。けど俺の体は、どうしても胸に浮かんだひとつの予感を言葉にせず上昇することを拒んでいた。 ぼんやりと開けた世界を見つめる。 そういや、俺は生まれてから今まで、この山で囲まれた小さな小さな内側しか知らなかったんだよな。 ところがどうだ。あの日、悪友二人を連れ出して一週間でめくるめくアクシデントに見舞われた。奴隷商人なんて訳のわからん集団を蹴散らして、シャリルやエスカにと出会って、街のトラブルに首突っ込んで、祭りを堪能して。たった一週間で数え切れないくらいたくさんの出来事あった。 俺はこれから、まだ見たことのないのない場所をいくつも目にするんだろう。今となっては豆粒よりも小さくなってしまった、眼下のあいつらと一緒に。 これはほとんど確信に近いひとつの予感だ。俺は日の光の眩しさに目を細めつつ、わずかに笑みを浮かべてこんなことを思った。 あぁ、そうだ。あいつらと過ごす旅路ならーー ーーきっと愉快な冒険になるだろう、ってな。 END
/414ページ

最初のコメントを投稿しよう!