序章

3/9
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
「何でもエルディオス君がミスをしたと伺ったが」  メデスはことさらその名を強く発した。ヨギの方を一切見ることないまま。  ヨギは動かない。エルレクは、ゆっくりと口を開いた。 「そうではない。全責任は私にある。〝常若の森〟は確かに≪終焉の刻≫を迎えた。アリム少年は森から離れ、現在このゼーレに住んでいる」 「それだけが不幸中の幸いですな。アリム君の存在はまだ惜しい。私の研究はまだ終わっとらんのです」  ふん、と動作のたびに鳴る音はおそらく鼻息だろう。小太りのこの男がそれをやると、どうにも動物的な滑稽さがある。若い教師たちの中では、ひそかに(ヒュース)をもじって「ヒューサー教師」と呼ばれていると聞いた。若い連中というのは、正直な分正しい。  何年経っても協会のローブが似合わないこの男は、これでも第一線の教授――教師の最高位――なのだ。少なくともベルティストンにある本部から、わざわざ「教師長として置くように」遣わされただけの実績はある。エルレクも、メデスの研究の重要さは深く理解している。  ただ、それでもメデスはあくまで「本部が任命した」教師長であり、エルレクがすすんで重用したわけではない。  その事実は常に火種として彼らの間でくすぶっている。  それからひとしきり、メデスは森についての嫌味を言い続けた。煩わしいことこの上なかったが、甚だ参ったことに批判の大半は事実だからエルレクも黙って聞くより他なかった。  ゼーレの北東、〝常若の森〟が≪終焉の刻≫に入ってから、もうじきひと月が経とうとしている。  より端的に言えば〝枯れ始めて〟から――だ。  長く無理を通してきたあの森に襲ってきた反動は、一夜にして終了するものではなかった。アリム少年の前に精霊が姿を現したあの日から、ゆっくりと、だが通常の森の枯れ方よりは遥かに早く、終わりに近づいている。  今ではもう森の三分の一の葉は落ち、そして裸になってしまった樹には復活するだけの活力が見られない。おそらく土壌自体も変化しているはずだ。そうなると、人工的に木々を蘇らせるのも難しいだろう。  どのみち、あの森を存続させようと努力する理由がエルレクには――精霊保護協会にはなかった。  協会が欲していたのはあくまで〝光を自ら生み続ける精霊たち〟が棲みついた森である。  あの森はその意思を捨て去った。ならば協会にとっても用済みだ。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!