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だが――実のところ、選択肢はなかった。認めたくないが、メデスはつい先日本部から帰ってきたばかりなのである。
メデスは森の終焉を本部にいる間に知った。そしてこのタイミングで帰ってきて、『女神の左目』の調査を口にする。ということは。
――これは本部命令と同じだ。
それでも、即答するのはプライドが許さなかった。問題が多すぎることは事実なのだから。
「その前に、念のため言っておこう、ガンディーナ教師。我が街ゼーレは今、大変微妙な状況だ。ゼーレ独立運動が激化し、その推進派である副町長から連日うるさい書状が届くのだ」
「知っていますとも」
メデスは待ち構えていたように即答した。「それもこれも、森の一件のせいですな。ええ。しかし今回の件は彼らに邪魔される筋合いはない。ゼーレにとって大切な財産である『女神の左目』を調査することは、保護することにも勿論繋がるのです」
私は、あの地を壊すつもりはありませんよ。
ことさらゆっくりと、メデスは言った。
苦々しい思いでエルレクはその姿を眺めた。アークを相手にしたときとはまた別種の忌々しさだ。
何より忌々しいのは、この男が自分の部下でありながら、部下の範疇を超える権限を持っているという事実。
込み上げてくるものを宥めすかすのに時間がかかった。
「……ルクレシア・エルセンについて、もう一度確認を取らせてもらおう。私の方法で」
窓の外で、ゼーレの冬につきものの風が吹いた。
窓がきしみ、室内の空気が一段階冷え込んだような錯覚が起きる。
エルレクは腹の底を温めるかのような強い口調で、言葉を続けた。
「その上で許可する。ルクレシア・エルセンには私から通達を出す。それまで勝手なことはしないでくれたまえ、ガンディーナ教授」
早めにお願いしますよとメデスは笑みと共に言った。完全にメデスに主導権を握られていることが、エルレクは心の底から腹立たしかった。
*****
雪になりそう、とルクレは思った。
「何年ぶりかしら……」
自室の窓をほんの少しだけ開ける。滑りこんできた外の空気は、とても久々の気配を漂わせていた。――たっぷりとした水の気配。
もっとも、改めて確認するまでもなく、ここ数日家族も協会員仲間もしばしばそのことを話題にしていた。珍しく雲の量が多い。雨も長く続く。冷え込みも十分だ。
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