序章

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(雪かきなんて久しぶりね。ああ、生徒の中には雪かきを知らない子もいるんだわ。気をつけて指導しなきゃ)  そっと窓を閉め、ふうとため息をつく。  この部屋には小さな暖房器具しかない。しかもルクレはつい先ほど仕事から戻ってきたばかりで、火を入れて間もなかった。彼女を包む空気はまだまだ冷たく、息は真っ白に染まる。  ルクレは精霊保護協会において、教師補佐をしている。弱冠十七歳、まだ新米だ。補佐とは名ばかりで、実際には雑用ばかりしているのだが、それでも順調に行けば二十になる前にちょっとした講義をさせてもらえる予定だった。  父は現役の精霊学教師。母は地属性の渡し人。友達も羨むほど絵に描いたような安定した家庭に育ち、熱心に勉学に励んだおかげで成績もトップクラスを保っている。おかげで協会の敷地内に、狭いながらも個人の部屋を貰っている。このまま何事もなければ教師になれるだろう。父や友達は教授にも辿りつけるに違いないと言うが、それは夢を見すぎだとルクレは思う。  そこまでの出世は望まない。  ただ、協会の役に立てればいい。  閉め切った窓に両手を当てる。額をガラスにくっつけた。そのひんやりとした感触と、徐々にぬくもってくる背後の空気の狭間が、ふしぎと心地よい。  少しばかり疲れているのは、先月の出来事があったからだろうか。  〝常若の森〟が終焉を迎え、協会は騒然となった。誰もが貴重な場所を失ったことを嘆いたが、ルクレはそれとは別に悲しんだ。  ――アリムさんが、協会に来なくなってしまった。  あの事件の折、アリムという名の少年の世話をしたのはルクレだ。ルクレにとってそのお役目はとても心躍るものだった。〝常若の森〟はルクレのような一介の協会員にとっては聖地のような場所だ。アリムはそこに住んでいたのだ。  なぜ森に住んでいたのかまでは、ルクレは知らない。だが少なくとも、アリムはあの精霊豊かな森に入ることができた。ならば精霊にとても愛されていたはずだ。それが、ルクレにとっては何よりも意味のあることで。 (もう協会にはいらっしゃらないのかしら)
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