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一瞬ヨギの表情に陰が差したように見えたのは、きっと気のせいだったに違いない――
*****
しとしとと降る雨を風がさらう。
空にはどんよりとした雲が、いつになく嵩を主張しながらゆっくりと流れている。凍えるような冬の寒さ――
雨の中で見るゼーレの街はまるで膜があるかのように、どこもかしこもぼんやりと滲んでいる。
「……雪が降る……?」
アークは民家の屋根の上に座ったまま空を見上げた。
耳を水気を帯びた風が撫でる。彼が親しんでいる風の囁きも、今日は口数が少ないようだ。
ゼーレで雪は珍しい。事実、アークがこの街に始めてやってきた去年の冬には見られなかった。
それが、降る。
風たちは、何故かそのことを何度も繰り返す。
雪がどうかしたのかと、アークは囁いた。前髪がわずかに水滴を零した。雨に濡れることを厭わない青年は、それが目や口に入らない限り、拭うことさえなかった。
風の囁きが新たな単語を伝える。どことなく面白がっているようでいながら、一方でどことなく警告しているような響きもあった。
アークはすっと目を細めた。風の言葉を確かめるように唇にのせて。
「『女神の左目』……『水鏡の洞窟』、か」
森が終焉を迎え、ひと月。また何かが起こるのだろうか。
胸騒ぎのままに彼は呟いた。
――今度は誰が泣くことになる?
見上げる空は低く、はたはたと雫を落とし続ける。
見通しの利かないその光景は、彼の上にも重々しくのしかかろうとしていた。
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