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真っ白い綿雪の上に、深紅の雫がぽたりと落ちた。
少女の細く長い指先から、それは流れ落ちていた。
その少女の指には傷がない。
それは他人の血だ。
暮れかけた公園、人通りはなく音も雪に吸い込まれ、辺りは静寂を保っていた。
「ごめんなさい、でもとても素敵だったわ。甘美な味……」
より一層赤みを増した唇へ、自分の指先を近づけると、付着している赤い液体をいとおしそうに舐め、傍らに倒れている自分と同じ制服の少女を見下ろして微笑みかけた。
そして、意識のないその少女を、細い片腕で軽々と抱き起こした。
「加奈さん、しっかりして、大丈夫?」
シャナンがアルトの声で呪文のように耳元でそう囁くと、腕の中の少女はゆっくりと目を開いた。
「うん……森羅(しんら)さん? 隣のクラスの森羅シャナンさん?
私……どうしたの」
「貧血をおこして急に倒れたの、びっくりしたわ」
シャナンは長い癖毛の黒髪を揺らし、その深みのある青い瞳で加奈の瞳をじっと見つめながら微笑んだ。
「そうなの、ありがとう森羅さん」
シャナンが声をかけるたび、加奈は動揺して目を伏せた。
加奈にはシャナンの微笑みが神々しく感じたのだが、同時に、肉感のある悩ましい唇から溢れるシャナンの声は、胸の奥深くから込み上げてくる、例えようのない感情を沸き起こし、支配されたのだった。
それは、好きな人と一緒にいるときの昂揚感のような、しかしもっと絶対的な服従の感覚、畏怖の念に近かった。
「家まで送ってあげようか?」
「いいえ、もう大丈夫。本当にありがとう、それじゃあまた」
そう言って加奈はシャナンと離れがたい感情をなんとか振り切り、足早に家路についた。
ただ、いつもよりずっと青白い顔をして。
反対にシャナンの顔は紅潮し、生気がみなぎっていた。
シャナンは加奈の後姿が見えなくなるまで、じっとその場にたたずんでいた。
「あなたを想って、私は生き続けている……」
シャナンは絶望に満ちた苦渋の表情で、ぽつりと呟いた。
そんなシャナンの呟きなど、加奈は知る由もなかった。
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