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「……マヤ」
「三時の方角、距離は五から七メートル……移動の際の震動からして、かなりの巨体。多分、ナキのにおいを嗅いで目が覚めて、活動を始めたみたい」
「遅いお目覚めだね」
軽口を叩いて緊張に固まる口元に無理矢理弧を描くと、僕は肩から提げた鞄に手を伸ばした。
僕たちが耳にしたのは、下草を踏みつける音と、僅かなそれに紛れる呼気だった。
ラグール村近辺は比較的獣の生息数も少なく、青々とした草原と共に安寧が広がっていると聞き及んでいたが――どうやら、運が悪かったようだ。
「一応訊いてみるけど、獣さんはどう? 逃げ出そうとしてたり、二度寝しようとしてたり――」
「してない。よだれを垂らして私たちを見てるわ……ナキ、諦めて」
「……むぅ」
降服勧告を突き付けられ、僕はがっくりと肩を落とした。
「やっつけなきゃいけないの」
「だって、私たちが食べられちゃうよ? ナキから先に。バリバリムシャムシャアって」
「バリバリムシャムシャアはやだなあ……せめて、はむはむとかもぐもぐとかがいい」
「痛いのは変わらないよ」
呆れを含有した声に返事をしようとした――その時。
藍色のベールに、黒い影が映った。三時の方角、かなりの巨体、大きくなった呼気。全てが僕らを狙う獣と合致する。
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