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翌朝、烏は小さくため息をついた。
また、だ。
「腰いった…。」
おそらく昨夜の情事が原因だろうが。
烏は起き上がれない程の痛みに悶絶しながら、布団の中で気崩れた着物を気直す。
「……烏兄さん、昼食ができてます。食堂にいらっしゃいますか?」
「………持ってきて。」
廊下から聞こえた春菜の声に力なく答え、烏は身体から力を抜いた。
あぁ、湯浴びしたい。
汗と体液でベトベトになった身体は、予想以上に気持ち悪かった。
でも、そんな体力は今の自分には残っていない。
「烏兄さん、入りますよ?」
「あ、うん。」
襖を開けた春菜の顔が歪められ、それから寝たままの烏を見て、呆れたように苦笑する。
「…また、ですか。」
「ごめん…。」
春菜は持ってきた昼食を畳に置くと、烏の背中を支えながら起き上がらせた。
春菜の栗色の髪が首筋を擽って、僅かに首を竦める。
「ほら、冷めないうちに食べろ、だそうですよ。」
「あー、いっつも熱いのは苦手だって言ってるのに…。耕吉さんは意地悪なんだから…。」
耕吉とは、ここの裏郭の食事を一手に引き受ける凄腕の料理人だ。
本人曰く、そこらの料亭、なんかよりは旨いものが作れるそうだ。
「兄さんが冷え性だからって考えてくれてるんですよ。ほら、しっかり食べて下さい。」
「はーい…。」
知ってる。
耕吉はまるで兄のように優しく、烏のことを気にかけている。
江戸っ子気質なのか、気前がよく男前なところがある反面、美しい料理を作る繊細な感性も持ち合わせている。
そんな耕吉は、烏がいつも寒い寒いと言っているのを事の外気にしていた。
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