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「あ、そうだ春菜。」
「はい?なんですか?」
「御風呂入りたい。だめ?」
「この時間は誰も使ってないと思いますが…、少し後の時間になると辰己(タツミ)花魁の入浴時間ですから、のんびりはできませんよ?」
「うん、ありがとう。」
烏はそう言って柔らかく笑う。
その笑顔に思わず赤面してしまい、春菜は俯いた。
幸い、そのことは烏にばれていないようである。
「入るんなら、食べ終わってすぐ行かないといけませんね。僕は準備してくるのでここで待っていて下さい。」
「うん。」
そう言い残して部屋を出ていく春菜を見送り、烏はほっと息をつく。
部屋に一人なのだから、もっと身体から力を抜いてもいいものなのに、烏は決して抜かなかった。
「…梅一。」
「あ、ばれちゃったかー。」
烏の声に応えるように、押し入れの中から黒装束を纏った男が現れる。
気を抜けなかった理由は、この男だ。
「俺にばれなかったら、そんなとこにずっといるつもりだったの?」
「ははっ、まぁ、気付くって分かってるしな。」
「…はぁ。梅一って、ほんと駄目忍者だよね。」
「そんなことないって。俺は優秀なのよ?」
そう言って微笑むこの男は、梅一。
忍者を生業とする男で、烏の兄貴分。
「…で?どうなの、何か掴めそうなの?」
「まだまだ。そんなに早く成果が出るわけないでしょ。」
「そっかー。」
烏はとある事情から、この男に飼われている。
この男のもとで、忍者のようなことをしているのだ。
「まぁ、俺は気長に待つけどねー。奴さんは待ってくんないと思うよ?」
「‥分かってる。」
烏は、調べていた。
この裏郭のとある人間を。
「まぁ、分かったらまた頼むねー。」
「うん、分かってる。」
烏は、消えていった梅一の気配に身体から力を抜いた。
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