第1話 眠りの迷宮

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母から話を聞いているうちに懐かしい記憶が少しずつ甦って来た。 優しいマリベス 姉の様に接してくれた人 長い年月の間、日のあたらない谷底深くに、置き去りにしていた思い出、そしてなくしてしまったその記憶 これらに俄にスポットライトがあたる 目映いばかりの突然の光 しかし、その光の中、何度記憶の糸を手繰ってみても、何処かで見失ってしまう そして、はっきりと見えていたはずのマリベスの姿が、光の向こうへと消えてゆく 手を伸ばせば伸ばしただけ遠ざかり やがて消えてゆく ふと気づくと 何処かで 全く別の何処かで 追憶の重いドアを、内側からマリベスが懸命に押し開けようとしている しかし、当のイェリスにそのドアを引いて開ける力などありはしない ちょっと開いたその隙間から思い出の断片を二つ、三つと取り出すのが精一杯だった。 母の話ではマリベスは、近所に住んでいた身寄りのない娘で、母が独身の頃より妹の様に可愛がっていたと言う事だった。 「あなたはマリベスの事が大好きだったのよ」と母はイェリスの方を見ながらも、遠い昔に思いを馳せた面持ちで言った。 確かにそうだ そうだった様に思う しかしイェリスにはどこかしっくり来ない マリベス… ああ、マリベス… あなたは誰なの? イェリスの心の中で、マリベスの存在が日に日に大きくなっていった
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