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やがて川沿いの道は太い四車線の橋とその袂で交差する事となる。
バスはその交差点を真っ直ぐ、即ち橋を渡る事なく、横切って尚も川沿いを北へと走って行く。
川の向こうでは大きな街が夜とは全く別の顔で、朝の息吹きを始めている。
川を挟んだこちら側、バスの右手はオフィス街なのだろう、地味ではあるが立派なビルが連なっており、既にビジネススーツを着込んだ男達が足早に各々の職場へと急いでいる。
彼等の吐く息が白い。
夜はもう完全に明けている。
晩秋と言うよりも冬の足音が聞こえて来そうな、そんな朝だった。
イェリスは先ほど泣いたことで、幾分気持ちは落ち着いたものの、それが一時的なものに過ぎないと言うことは重々承知していた。
父が生まれ育った祖国、その地に足を降ろすだけで満足、全てマリベスのお陰であり、何があろうとも亦逆に何もなかろうとも、決して愚痴はこぼすまいと、強く心に誓っての出立であった。
そう、それでいい。
父のために泣くのは帰国して落ち着いてからでいい。
でも、わざわざ家に帰って泣いたんじゃ母が嫌がりそうね
その時は父を思い出せる場所に行って、一人でそっと泣こう
でも、過去の記憶を無くしてしまいつつあるイェリスには、父を思い出せる場所などありはしなかった。
もしあるとすれば、繰り返しみる夢の中の世界だった。
バスは三本目の太い橋の手前で大きくスピードを弛めたかと思うと、運転手が一気にハンドルを左に切った。
すると見事に内側の車線で信号待ちをしている最後尾の車を掠める様に、また左ボディが橋の欄干すれすれに、ここしかないと言う軌道を通って、走行車線の信号待ちの一番後ろにつけた。
街の中心部へと向かう道は、完全に渋滞が始まっていた。
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