第1話 眠りの迷宮

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イェリスは冷蔵庫から飲料水の入ったペットボトルを取り出すと、じかにそのまま口にあてがって呷る様に飲んだ。 冷えた水が喉から腹にかけて一気に染み渡る。 気温の低さも相俟って、瞬く間にイェリスの体中から汗がひいた。 すると同時に、気持ちの方も落ち着きを取り戻して来た。 そこでイェリスは冷静な頭で、もう一度先ほどの夢を思い出そうとした。 あの顔が影になっていて誰だか分からない大人の男、あれは恐らく父で間違いないだろう、問題はあの姿の見えない少女の方だ。 何故、あの夢の中の女の子がマリベスなのか、母が言うマリベスとは年齢的にも同一人物たりえない。 それに、その歳上の方のマリベスは、イェリスの記憶の中で徐々に甦りつつあるのだが、明らかに別人である。 イェリスはいつもの様に窓から街の夜景を見た。 漆黒の海に浮かぶ光の島 深夜にも拘わらず、煌々と光り続けている。 しかし、その光の中に居る者逹は、自分の住む街がこの様な姿に見える事など知る由もない。 また、その逆も言えるであろう。 即ち、この遠景しか知らぬ者が、どうしてあの雑踏を想像する事が出来ようか? そして、真実はひとつと言うのであれば、どちらかが嘘になる。 恐らく、人類はこの類いの間違いを、繰り返して来たのであろう。 その時代の風潮、科学の進化等で乗り越えたとしても、またスケールを変えた同じ様な問題に遭遇しては、為す術を失なう。 それが、以前に踏んだ轍だと気づく事なく。 一時的に冴えたイェリスの頭に、再び眠りの波が打ち寄せて来る。 心地いいさざ波… その時、光の島の前を何かが横切った。 イェリスは咄嗟に窓から身を隠すと、大きく息を吸って呼吸を整えた。 動悸が地震の様に体の中で響いている。 意を決して、ゆっくりと窓から外の様子を窺う。 やはり、そうだった 嫌な予感ほど当たるものなのだ。 窓の外に、街の方を向いて佇む母の後ろ姿が見えた。
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