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そこは暗い部屋の中だった。
ベッドの横のナイトテーブルの上に蝋燭が灯されている。
小さな炎がゆらゆらと不安気に揺れているのが見える。
目立った明かりは他に見当たらない。
反対側の壁には、ベッドの上にうつむき気味に座ったままの、色白で細身の少女の影がぼんやりと映っている。
それは孤独を絵に描いた様な光景だった。
再び閃光と耳鳴り、そして頭痛が彼女を襲う。
次に意識が戻って来た時、彼女は雑多な人いきれの直中に居た。
そこは旧市街と新市街を結ぶ橋の上だった。
その橋は中世の頃より、現在の新市街と旧市街に当たる二つの地域を結ぶ重要な役割を担っていた。
それは今日に於いても変わる事なく、つまりその橋は時代を超えて何世紀もの間、交通の要衝であり続けて来たと言う事が出来る。
また同時に幾度となく改築を繰り返しては来たものの、歴史的構造物としての価値も高く、よってその様な理由からそこは常に大勢の人でごった返していた。
そしてイェリスはその行き交う沢山の人々の流れに抗う様に突っ立っていた。
見上げると、冷たげな薄暮の空が広がっている。
意識がはっきりとして来た途端、イェリスは一気に人の波に押し流された。
しかし、体の向きと視線が何故か流れとは逆方向を向いている。
当然そこに何か気になるものがある筈なのだが、思い出せないまま流されてゆく。
何度も転びそうになるのを、すんでの所で踏みとどまり、漸く流れから抜け出すと、イェリスは欄干から身を乗り出す様にして一息ついた。
外海の方に目を遣ると既に日が沈みかけていた。
イェリスは改めて自分が見ていた先の方へと視線を戻す。
今度は人混みを避け欄干から上半身を乗り出して、橋の外側よりその方角を見てみた。
あっ、イェリスの口から思わず声が溢れる。
夕刻、仕事を終えて家路を急ぐ人々、様々な国からの観光客等に混ざって母親らしき人影が目に入って来ての事だった。
目をしば叩かせて、改めて見直してみる。
間違いない。
その瞬間、イェリスの記憶の扉が少し開いた。
憶えてる。
この時のこと、憶えてるわ。
しかし、それは漠然とした感覚でしかなく、更に詳しい記憶を手繰り寄せようとした瞬間、いつもの頭痛が彼女を襲った。
イェリスはバスの座席に座ったまま、その激しい頭痛に耐えていた。
しかしそれも限界に達したのか、両手で頭を抱えて、上半身を前後左右に揺すり始めた。
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