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ララは深く折り曲げた上半身をゆっくりと起こした。
今度はイェリスの目の前、しかも正対しているので彼女の視線から目を反らす事は出来ない。
ララが上体を起こすに連れ、イェリスからは、鼻筋、頬、口元が見えて来る。
そして、そのイェリスが見ている前で最後にララが顔を上げた瞬間、海からの横風に長い髪がなびいて彼女の表情を隠した。
この突風紛いの潮風が吹いた時、辺り一帯は既に夕暮れの深い紫一色に染まっていた。
いつの間にか、うなる様な低い音も止んで、イェリスの頭痛も消えている。
そんな空気の中、ララが顔にかかる髪を左右にそっと分けると、不思議にほんのりと表情が浮かび上がって見えて来る。
そして、そこには懐かしい笑顔、若くて美しいララの笑顔があった。
「おかあさん?!」イェリスは自分とあまり年齢の変わらない母が突然現れた事に戸惑いを隠せなかった
また同時に、若い母を目の当たりにすることで、その評判の美しさの再認識もした。
いや、正確に言えば、意識に問うまでもなく、若きララは美しかった。
疲れ果てた母の姿しか思い出す事のないイェリスにとって、この若き日のララとの出逢いはあまりに衝撃的であった。
無言のまま微笑みかけて来るララを前に、イェリスはしばしの間、呆然と立ち尽くしている。
その衝撃の波も静まり、イェリスは漸くララの背後の銀河の様な光の粒のかたまりに気付いた。
そして、それが黄昏に煌めき始めた新市街の夜景だと言う事を理解すると、今居る場所が、自分が生まれてから少女時代を過ごした家の裏庭だと言う事に思いが至った。
普段は思い出すことのない記憶の底の方に埋もれていたものが、自分の意思とは関係なく形を持って甦る。
そして、イェリスは自分の記憶でありながらも自分のものではない、過去とは過ぎ去るだけのもの、そんな自分の人生をひたすら空しく思っていた。
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