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それは実に美しい笑顔だった。
今まで、祐市が見て来たどの笑顔よりも造形的に整っている。
まるで完成された仮面を見ている様なものだった。
そして、少し遅れて、笑顔の仮面の向こう側から女の顔が見え始める。
銀髪のロングに灰色の瞳、その仮面の主であるが故、美形であることは言うまでもあるまい。
「この国の人は落ち着きがなくて」その笑顔の仮面の主は祐市の心を見透かしているかの様に言う「私には海外からのお客様の、ゆったりとした飲み方の方が素敵に思えますわ」
「君は一体、いつからここに居るんだい?」声が上擦っている。
祐市は彼女に話し掛けてみて、漸く自分が緊張している事に気づいた。
「今、立っている場所と言う意味ならば 5 分ほど前から」彼女の受け答えにそつは無かった「この店と言う意味ならば 20 分ほど前からになりますわ」
「いや、そうではなくて」祐市は暫く間を置いて、言葉を選んだ「いつからこの店で働いているの?」
「ああ、そう言う意味でしたか」女は間髪入れず応える「ここで正式に働いてはいないんです。人手が足りない時だけのお手伝いです」
そこまで話したところで、横の方から彼女に声がかかった。
呼んだのは、いつも居る若いバーテンダーだった。
そして、そのバーテンダーの向かい側のカウンター席には西方からやって来たと思われる大柄で頭髪の薄くなった中年男が、何か言いたげな面持ちでこちらを見ている。
その状況が何を意味しているのか、祐市には皆目分からなかったが、ロックグラスの中の氷に対するほどの興味も湧かず、その意味など考えようとも思わなかった。
そして目の前の女も、別段慌てた風でもなく祐市に一言 「ちょっと失礼します」と言って立ち去って行った。
それだけの事だった。
ホテルのバーとは言っても、そこは結構な広さがあり、夜が更けるに連れ酔客で賑わい始めた。
その頃には、祐市も先ほどの女の事などすっかり忘れていた。
そして癖の様にグラスを持ち上げては、中の氷を光にかざして見ていた。
「もう1杯いかがでしょうか、ライオンのミルク」
今度は男の声だった。
見ると、あの若いバーテンダーが祐市の正面に立っている。
その途端、祐市は先ほどのやり取りを思い出して、皮肉の一つも言いたくなった。
それに、そもそも「ミルクをいかが」とは、大の大人に対して失礼じゃないか
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