第2話 夜の愁え

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祐市はバーテンダーの目を見たままグラスを指差して「もう1杯」と言った。 しかし、そのバーテンダーは思いの外、無垢だった様で、祐市の視線に対し真正面から真摯な眼差しを返して来た。 視線を逸らす事もなければ、表情を崩す事もない。 そして、小さく頷いたかと思うと、手際よく新しいグラスに大きな氷を一つ入れ透明の飲み物を注いで祐市の前に置いた。 尚も沈黙は続いている。 互いが痺れを切らせたのか、祐市がグラスに手を伸ばしたのとバーテンダーが「どうぞ」と言ったのが、殆んど同時だった。 ほんの一寸の間を置き、祐市はグラスを掴み、その若いバーテンダーは「ライオンのミルクです」と言った。 再び、視線が交錯する。 しかし、その若い男の表情は至って真剣であり、祐市を馬鹿にした様子など全く窺えない。 更に、祐市がその真意をはかりかなていると「お客様はお強いですね」と思いも寄らぬこと言って来た。 表情は変わる事なく真剣そのものである。 「おい冗談、言うなよ」これには祐市も反論せざるを得なかった。 「いいえ、本当です」若い男は飽く迄も真顔で言い通す。 「俺が飲んでいるのはミルクだぜ」皮肉っぽく言ってはみたものの、どうでもよくなった。 馬鹿げてる。 一体、何を守ろうとしているのか 今更、プライドでもあるまい。 そもそもこの国へは、仕事に託つけて、逃げて来た様なものなのだ。 プライドはその時に捨てたはずだ。 「私の知る限りでは」バーテンダーは説得する様に言う「海外からの方で、例えミルクになろうとも、残さず飲み干されてお代わりをされたのは、お客様が初めてです。しかも、2杯目ではないですよね」 これは意外だった。 意外過ぎて、返答に窮した。 しかし、目の前の男は祐市の返答など求めてはいない。 「海外からお見えのお客様は皆様、飲んだ後のにおいが嫌だとか後口が悪いとか仰います」口調は丁寧なものの、語尾が震えている 「その国、地方、民族等によって独特の味付けとか食材があるからね。慣れる迄は苦労するさ」 祐市が冷静に応える 「彼等にはそう言う発想がない」祐市の言葉に被せる様に男は言った「発想と言うか精神ですね」 確かに、そうなのかも知れない。 いや、そうに違いない、飲んで不味ければもう飲まない、それだけの事。 指標は一つでいいのだ。
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