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「面白いもので」バーテンダーは更に続けて言う「その傾向、即ち一口飲んでみて自分の口に合わなければ、もう絶対に飲まない、と言う傾向ですが、それはここから西に行けば行くほど強くなる。
所謂、西方の国々の連中の事になりますけどね。
それは見事なものですよ。
彼らにとって何に於いても自分たちがスタンダードであると言う発想は、基本理念であり疑う余地のない大原則ですからね。
その原則の下に生まれ育った末端の一般市民にとっては真理に等しい。
だから、ファストフードで出来上がった肥満体を揺すりながら、千年の歴史を持つ我が国の料理をひと口食べただけで『不味い、なんだ、この味付けは!』と本気でクレームを付けてくるんです」
祐市が黙っているとバーテンダーは急に表情を崩して「こんな話、退屈でしたね」と言って来た。
「いや、実に興味深い」祐市は直ぐに応える「その話の内容は言わずもがななんだけども、それでも君の様に最前線からの声には聞くだけの価値がある」
バーテンダーは小さく頷くと、ほんの少し間を置いて再び話し始めた
「これがこの国より東へ行くと様相は大きく変わります。勿論、どの国のどの民族も自分たちの食文化に誇りを持っています。そこを譲ろうとしないのは西方と同様なんですが、しかし根本的に違う点があるんです」ここで怒れるバーテンダーは一寸間を置いて「それは謙虚さを持っているところです」と続けた。
祐市は黙ったまま次の言葉を待った。
するとバーテンダーは改めて祐市の目を見つめ「正にあなたの様に」と言って、初めて笑顔を見せた。
その若い男がいったい何処まで本気で話したのか、祐市には分からなかった。
ただ、先程の女性の話が切り出せる雰囲気ではなくなってしまっていた。
「アフメド、オーダー」祐市のすぐ右横の方から声がする
いつの間にか店内は酔客で賑わい始めている。
アフメドと呼ばれたそのバーテンダーは「失礼」と一言、祐市に言うとスイッチを切り替えたかの様に早口で、ホール担当の女からオーダーを聞き取り、手際よくグラスを並べ、シェーカー を振っては次々とカクテルを作って行った。
気がつけばカウンターも概ね埋まっており、アフメドを含めた数人が忙しそうに立ち回っている。
ホールも何人か居る女性従業員が、無表情でひたすら飲み物を運んでいる。
しかし、そのどちらにも先程の女の姿は見当たらなかった。
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