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時刻は既に午前0時を回っている。
「かぼちゃの馬車で帰ったか」祐市は一人で呟くと席を立った。
この国へ来て約一週間、昨日までならこのまま部屋に戻ってシャワーを浴びて眠ってしまうところだが、何故か気持ちが落ち着かない。
だからと言って眠くない訳でもない。
はっきりとした理由も目的も分からず、祐市は自分の感情の綾に操られるかの様に出口へと向かった。
その姿に気付いたアフメドが「今からお出掛けなんですか?」とカウンターの中から訝しそうに訊いて来た。
「靴を探しに行って来る」ドアの手前で祐市は振り返り応える「硝子の靴だよ」
そして、その言葉の意味が分からず、立ち尽くしているアフメドを尻目にそのまま表へと出て行った。
五月のこの深夜の時間帯、外気の冷たさは祐市の想像力の範疇を少しばかり超えるものがある。
咄嗟に振り返ると、口をへの字に曲げて大袈裟に肩を竦めるアフメドが、閉まるドアの向こうに消えて行くのが見えた。
何だよ、西方の連中の仕草じゃないか、そう言うと祐市は意を決したかの様に歩き始める。
背後で店のドアがゆっくりと閉まる音が聞こえた。
そして、夜の静寂と闇が祐市を包み込んだ。
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