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そのホテルは新市街の西端にある丘の上に立地しており、従って港を中心とした旧市街地の朝に夕に移り行く景観を存分に味わえることをセールスポイントとしていた。
実際に祐市自身も、ホテルの部屋にいる時は、その時間の大半を窓から外を眺めて過ごしていた。
しかし、それは高台に建つホテルの更に 12階の部屋からの眺めである。
祐市はふとその事に思いが至り、地上から窓を通さず直に旧市街地の持つ街の息吹きの様なものを肌で感じてみたくなった。
すると同時に心の中の靄に包まれた形のない衝動にブレーキがかかった。
硝子の靴探しはその後だ…
そう呟くと、深夜の冷気の中、足早に歩き始めた
ホテルの前の道から一本逸れただけで、街灯もなければ店の類いもなくなる。
祐市は旧市街の方角に向けて歩き出したものの、すぐに夜の闇に迷い込み自分の位置が分からなくなってしまった。
そして歩けば歩くほど、より深い闇の中へと沈んで行く様な錯覚に陥った。
「こんな時間からお出掛けですか?」
すぐ背後でアフメドの声が聞こえる。
祐市は咄嗟に振り返るのだが、ただ闇が黙って祐市を見ているだけだった。
「夜が幾つ眼を持ってるって?」祐市は闇に向かって言った「アフメド、隠れてないで出て来いよ」
闇の冷ややかな沈黙は続く。
どうやら、ミルクを飲み過ぎた様だ
自嘲気味に笑うと、祐市は再び歩き始めた。
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