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「杳介って」祐市は思わず聞き返した「あの境杳介だよな」
麻由香は黙って頷く。
境杳介は麻由香と同じく大学の同窓生であるだけでなく同じ会社に同期入社した祐市にとっては同僚でもある。
祐市は黙り込んでしまった。。
車内に緊張感が張り詰める。
空気は冷たいものの、風のない穏やかな師走の夜である。
見下ろす位置にある港では、数ある埠頭の殆んどが外国船籍の大型貨物船で埋め尽くされていた。
ここは世界中の様々な国から色とりどりの荷物が情報と共に集まって来る場所であり、従って街全体が文化の発信源としての賑わいを見せている。
そして、その最前線とも言える埠頭では、この瞬間も無数の人々が荷を下ろし続けている。
港が眠らない限り、彼等に昼も夜もないのだ。
これが経済の実態だ、と祐市は全く関係のない話題にその思いを馳せる。
まるで境杳介の話題から逃げているようにも思われるのだが、彼の思考回路では両者は繋がっていた。
いくら通信が進化して他国との時間的距離が狭められようとも、亦、それによりいくら経済が先へ先へと急ごうとも、それらは実態の伴わない共同幻想でしかない。
では何故、共同幻想社会の様なものが成り立って居るのか、その答が今、祐市の目の前に広がっていた。
即ち、実態経済が先行する幻想社会の出した結論に従順に従うからである。
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