第3話 記憶の中の

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そんな思いを抱きながら、その港湾労働者達を見ている祐市の胸の中を風が空しく吹き抜けて行く。 祐市の所属する開発研究部とは最もエリートの進むコースであり、そこに配属されたと言う事は会社側からの期待の大きさを示すメッセージだとも言える。 しかし祐市は敢えてそれを蹴って現場の仕事への配置転換の希望届けを提出しようとしている。 元来、祐市にとって世界とは空虚なものであった。 そんな意味のない空間に踏み締める足場もないまま、一人でぽつんと浮かんでいる様な孤独感に彼は常に苛まれていた。 それは耐え難い苦しみである。 そして社会に救いを求めた。 つまり人々の息づく場所で余計なことは考えず、ただ日々の生活に溶け込んで行きたいと願ったのである。 それが具体的には会社での功績であり麻由香との恋愛と言う訳だ。 確かに両者とも夢中になることが出来た。 しかし長続きはしなかった。 気が付けば祐市は以前よりも更に空しさを感じる事が多くなって来ていた。 麻由香との将来も積極的には考えられず、そのことでの衝突も、頻度が増す一方であった。 不安定な心情が事ある度に表出してしまい、それが彼女に不快感のみならず不安をも与えている事は、祐市も承知していた。 その結果として、彼女の心に隙が出来るのも無理からぬことであろう。 更に彼女の器量の良さは誰もが認めるところであり、いつ言い寄る男が現れたとしても何ら不思議ではない。 祐市には、そのことで麻由香を責める気は毛頭なかった。 しかし、何故それが境杳介なのだ? しかも、何故その話を麻由香は自分に聞かせたのか?
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