第3話 記憶の中の

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言うまでもない事だが、自分と麻由香との関係を、杳介は知っている。 知っているにも拘らず、その恋心を麻由香に告げたと言う事になる。 それが何を意味するか… 見方によれば、麻由香の口から自分に伝わる事を承知の上での告白と受け取れなくもない。 何等かのメッセージが含まれてはいないだろうか 考えれば考えるほど深みに入って行くことは祐市にも分かっていた。 祐市の思考は麻由香の求めるものとは、ほど遠いところをさ迷っていた。 相手の姿を見失っていると言う点に於いては、祐市も麻由香も同様なのだが、その捉え方に乖離がある。 麻由香は例え今の祐市が別人の様になっていたとしても、嘗て愛し合ったと言う現実に重きを置き、こうした既成事実を積み上げて行くことで、前に進もうとした。 一方、祐市は麻由香を見失った時点で、はたと立ち止まり、二人の足跡を辿ってはそこに、何等かの意味を見出だそうとした。 つまり、麻由香の思考が極自然に前に進んだのに対し、祐市のそれは逆に立ち止まり引き返したと言える。 しかしそれは祐市にとって、これまでに行なって来た、愛の再構築と同じ理屈である。 ひとつ違いを挙げるとすれば、最早そこにはひとつの愛を作り上げるだけの材料が残っていなかったと言う点である。 そこで、祐市は現実の麻由香に背を向け、過ぎた愛の総括でもしているのか、独り殻に閉じ籠ってしまったのであった。 相変わらず、埠頭では無数の人々が大きな港の細胞の一つ一つの様に、慌ただしく蠢いている。 その向こう側では眠らない巨大な街が、港の活力を動力源に、更にその煌めきを増している。 「もうすぐノエルね」麻由香の呟く様な声が横で聞こえる 祐市は意味が理解出来ないまま、ただぼんやりと、虚ろな目差しを彼女に向けた 「もうすぐクリスマスでしょ」今度ははっきりとした声で言う「そんな事も分からなくなるなんて、祐市君、何処かへ行っちゃったね」 麻由香が無理に明るく振る舞う 「何か、抜け殻みたい」 「抜け殻…」祐市はその言葉に反応したかの様に素早く問い返した 確かに、もう愛の泉は乾上がってしまっている しかし、底に残っているのは干からびた愛の抜け殻だけなのだろうか 麻由香は祐市が怒ったと思ったのか、それとも続く言葉に何かを期待したのか、暫し待っていた。 それから、諦めの笑みを浮かべ言った 「駅まで送って」
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