第3話 記憶の中の

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それは記憶の一部である。 しかし記憶と呼ぶには余りに歪(イビツ)で特殊なものでもある。 それは、感情によりデフォルメされていて、事実の誤認も珍しい事ではない。 よって情報としての精度は低く、殆んど役に立たない。 しかし、客観的価値は皆無とも言えるが、主観となる当人にとってそれはしばしば何ものにも代え難い無形の財産となる。 そしてそれは時に心の中でいつまでも輝き続ける永遠の宝ものとなり得る。 人はそれを「思い出」と呼ぶ。 駅前はクリスマスムード一色に染まっていた。 溢れんばかりのイルミネーションが向かいのビルの窓ガラス、信号待ちの車のフロントグラス、道行く人の眼鏡等、ありとあらゆるものに、反射している。 親子連れ、若いカップル、男女混合の大人数のグループ等々、街を行き交う全ての人々がクリスマスを演出しているかの様だ。 しかし、そうした賑わいも、祐市と麻由香の乗る車の中にまで入って来る事はなかった。
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