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「どうぞ」
両手に持ったコーヒーカップの片方を机に置いて、僕は床に座った。来客など想定していない部屋にちゃぶ台などはなく、勉強机の椅子に座ってもらうことになった。
「ミルクと砂糖は?」
僕はあつかましい客人のカップの脇を指差した。
「苦いコーヒーは好きじゃないのだ」
「なにをしに来たんですか?会長」
スティックのミルクと砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜた。うす茶色になったコーヒーを優雅にすする会長は、ティータイムを楽しむどこかの貴族に見えた。でも飲む前に香りをかぐのは、やりすぎだとおもう。
「お別れ会をしようとおもってな。もちろん、君の」
「いつですか?」
「いつやるのか。いまでしょう」
会長はよくテレビに出ていた塾の先生の真似をした。少しだした下唇が、深海魚に似ていた。
「そのネタは、流行語にはならないとおもいますよ」
「そんなことは、ない」
右手に持っていたカップを口元までもってきて、少しだけすすった。熱いコーヒーが舌にふれて、やけどしてしまいそうだった。
「本気ですか?」
「流行語か?」
「お別れ会ですよ。それより、その顔もうやめてください」
会長は飛び出した下唇を元にもどして、またコーヒーをすすった。
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