零∥序の幕

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「ええ……もう、こない。少し寂しいけれど……仕方のないこと。私とて、ただの妖にすぎない。たとえ、神格があったとしても神ではない私は、諸行無常の理には逆らえないわ」 女の髪を一房手に取り、口元に当てた。他の女どもが焚きしめた香の甘ったるい香りを纏っているのに対して、彼女の髪に森の香が染み着いている。 落ち着く。 もう、この香りを嗅ぐこともないのかと思うと、少し口惜しくも思えてくる。 二人がそれ以上に言葉を交わすことはなかった。 女は薄く艶やかな笑みを浮かべると闇に沈み込むように姿を消した。後に残ったのは深緑の香だけ。 温もりも何も残さない。 彼女は果たしてこの場に存在したのだろうか……。 男がそれを知るのはもう少し時が過ぎてからのこと。
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