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「東雲、前に言ってたよね?好きな人が出来ても、最後は友達として良い子だなーに変わっちゃうって」
「は、はい」
そんなことも言ったような言ってないような……。
「それって、結局、まだちゃんと人を好きになったことがない……恋愛したことないってことでしょ?」
「……そう、ですね」
悔しいけれど反論の余地はない。
「きっと東雲は本気で誰かを好きになったら変わると思うよ。そう、俺と一緒で」
先輩はズボンのポケットに軽く手を入れたまま少しだけ腰をかがめると、目線を俺に合わせる。
「好きな人が出来たらその人しか見えなくなる、その人がいちばん。触れたいのも、近くにいたいのも、その人だけになる。だから、自然と自分の中で恋愛感情のない相手には今みたいな中途半端なことはしなくなる……きっとね」
はっきり言って、んなことどこにも根拠はない。なのに、先輩の言葉はまるで催眠術のときにかける暗示のようで、一瞬、そうなのかも……なんて思ってしまうほどだった。
危ない!納得しかけてどうする俺!
「そ、そうでしょうか!?分かったようなこと言わないでください!」
反論すれば先輩はなぜだかさらに、自信たっぷりの顔で口の端だけあげて笑って見せる。
「分かるよ。東雲のことなら、なーんでも分かる」
「うそつかないでください!」
「うそじゃないよ?」
「分かるわけないじゃないですか、俺の全てなんて!」
親じゃあるまいし!最近絡むことが多いからってなんでも知ってますみたいな顔しないでください!
「だったら…証明してあげようか?俺がどれだけ東雲のことを分かってるか」
声が小さくなったと思ったら、ふいに先輩の顔が近づいた。瞬間的に、キスされる、そう思ったら体が動かなくてギュって目だけ必死に閉じた。目を閉じていても分かる、ものすごく近い距離に先輩の顔がある。ちょっとでも動けば唇が重なる、そんな距離であることが感覚的に分かる。
ど、しよ……息出来ない。苦しい。心臓がなんか、こう、バクバク、する。
だけど、それ以上距離を詰められることはなくて、的確な言葉があるとすれば“寸止め”状態。おそるおそる目を開けてみれば、先輩はスッと顔を元の位置に戻した。
そして、にっこりと憎たらしいほどに可愛く微笑むと、何も言わずまた歩き出してしまった。
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