dark moon

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「東雲?」 先輩の華奢な手がそっと頬に触れる。触れたところから、一気に熱が広がっていくような感覚がする。 「そっ、そんなの、聞かれても、分かりませんっ」 精一杯、そう答えた。だって、本当にわかんないんだもん……。俺だって、分かってたらちゃんとハッキリ答えてたよ。でも、分かんないんだもん。分かんないのは、どうしようもないじゃんか。 「分かんない……分からない、ですけど、ただ、ひとつだけ言えることがあるとすれば、なぜか、先輩に、こうして触れられることに嫌悪感はありません」 生理的に無理。そういう感覚が先輩に対してだけは起こらない。 「そんな自分が不思議なんです。でも、俺は男を好きになったことなんて一度もないし、てか、そんなのおかしいし、ましてや、先輩に恋愛感情を持ったことも、そういう対象としてみたことだって一度もありません。朝比奈や真田は受け入れられなくて、先輩だったら受け入れられる、その違いがなんなのか、自分でも分からないんです」 朝比奈たちと先輩はきっと何かが違う。だから先輩を受け入れられてしまった。だけど、その“何か”がなんなのかが分からない。漠然と、なにかが違うって、それは分かるんだけど、その何かって一体なんなの。 分かんない自分ってバカなの?俺、おかしいのかな、頭。 「おかしいですか、俺」 自分のことなのに自分が分からないことがなんだか怖くて、先輩に尋ねた声はちょっとだけ震えていた。先輩はそんな俺を落ち着かせるみたいに、頬にあった手を頭へと移動させると、優しく髪の毛を撫でる。そして、手首を掴んでいた手は俺の手の平へと這っていき、指の間にもぐりこんだ。 「んー、おかしいっていうか、東雲は自分の気持ちにすら鈍感ってだけじゃない?」 「自分の気持ちに、鈍感……」 「そう。それも尋常じゃないくらい。おまけに、自分のことになると途端に、“こうあるべきだ、こうじゃなきゃおかしい”って思考になっちゃって、無意識のうちにそこから先の可能性を自分で消しちゃってる」 そう、なのかな……。そんな風に思ったことなんてないけど。 なんでも見透かしたような先輩の目。俺の全てを分かってるなんて言葉は本当にハッタリなんかじゃないのかもとか思えてきた俺って、やっぱりどうかしてるのかもしれない……。 俺以上に俺のことを先輩が知ってるなんて、そんなの絶対変なのに。
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