近くて遠い人

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「彩夏……おはよう」 体勢はそのままで、顔だけをあげて彩夏に目を向ける。 彩夏は椅子こそは動かしていなかったが、体をうまいこと捻ってこちらを見ていた。 怠そうに返事をしてみれば、返ってきたのは苦笑い。 「いづきってば相変わらずね。その体勢、まるでぼっちよ?」 「うるさいなあ」 そんなことわかってる、と言わんばかりに反論したけれど…… いづきの体勢は変わらない。 彩夏に顔を向ける必要もないと判断したのか、また机に突っ伏した。 ため息が聞こえたけれど、気にはしない。 女子たちの黄色い声の方が気になる。 「……それにしてもすごいわね、今日も」 その言葉はいづきに向けてのものだったが、彩夏は別の方に視線を送っていた。 真ん中の席、だ。 いづきが極力見ないようにしていた真ん中の席。 その席に何が……いいや、誰がいるのかというと。 珍しくはない。普通の男子生徒である。 ……果たして普通と言えるだろうか。 その男子生徒……彼の周りには何人もの女子生徒らが集まっていた。 クラスの女子、ほぼ全員が。 黄色い声の持ち主も、勿論そこに集まる女子生徒らのものだった。 彩夏の言葉を聞いたいづきは、見たくはなかったが顔をあげた。 見たくはない。けど、そんな話をふられたら見たくもなる。 人間の性というものだ。 真ん中の席に目をやる。 やはり女子で溢れかえっていた。 しかし、 女子と女子の隙間からちらりと見えた、男子生徒の姿。 その姿を視界に捕らえたいづきは眉間にシワを寄せる。 「平沢くん、今日もかっこいいね!」 「今日こそはメアド交換して!」 「ねえ今日の帰りどこか遊びに行こうよ!」 「駅前に新しいカフェが出来たんだけど……」 好き放題に話しまくる女子生徒たち。 もしいづきが男子生徒と同じ立場なら、女子たちに圧倒されてしまうだろう。 それくらい、女子たちには謎の迫力がある。 だが、この男は違った。 「鬱陶しい」 そう。 女子たちに圧倒されることなく、爽やかな笑顔でそう対応した男子生徒。 名は平沢悠太(ひらさわゆうた)。 いづきの幼馴染みである。
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