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「いづきー、帰ろうぜ!」
放課後。
すっかり悠太を尾行する気がなくなった鈴村は、帰りのホームルームが終わるなりすぐさまいづきにそう声をかけた。
帰りたい。
それがいづきの本心ではあったが、机の上に広げたプリントがそれを許さない。
「ってあれ?居残り?」
「おう」
「一緒に残ってやりたいのは山々だが……」
「いや帰れよ」
「冷たいなおい!帰るけどさ!用事あるし!」
あの鈴村に一体どのような用事があるというのだろうか。
プライバシー云々に関わることなので、聞きはしないけれど。
人を尾行した相手に気を使う必要はなさそうだが。
「そんじゃ、頑張れよ!また明日なー」
「またな」
頑張れよ、なんて他人事のように言ってくれる。
……他人事で間違ってはいない。
しかし今のいづきにとって「頑張れ」という言葉は苦痛にしか過ぎなかった。
それくらい、理科が嫌いなんだ。
筆箱からシャーペンを取り出しペン回しというのをしながら、軽い気持ちでプリントに目をやる。
硬直。
思わず手からシャーペンが滑り落ちそうになった。
慌ててシャーペンを握り直し、プリントを凝視した。
予想はしていた。
していたけど……
「難しすぎる」
声に出してしまうほど、改めて見るとプリントの内容は酷かった。
とても理科が苦手よりの嫌いないづきには、解けない。
あの鈴村は解けたのだろうか?
解けたからこそ奴は何食わぬ顔をして帰っていったのだ。
こんなことなら無理矢理にでも引き止めて、教えてもらうんだった。
後悔しても遅い。
顔をあげて教室全体を確認する。
彩夏はいない。部活だ。
悠太もホームルームが終わってさっさと帰っていった。
他に教室に残っているのは数名。
おまけに言えば女子ばかり。
……彩夏ならまだいい。が、他の女子に勉強を教えてもらうのは、男として気が引けた。
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