信じたくない出来事

16/20
8489人が本棚に入れています
本棚に追加
/1066ページ
「はっ……」 白衣が破けてしまうんじゃないかというくらい、悠太の手には力が込められていた。 梅林が動く度に口から溢れる甲高い声。 顔を真っ赤にさせ目に涙を溜めている、なんとも言えない表情。 その二つは、普段の悠太から想像できるものではなかった。 女子に言い寄られても毒を吐く悠太は、そこにはいない。 信じられなかった。 あの幼馴染みが、あの悠太が…… 担任の教師と…… いや、男と……そんな馬鹿な話があるか。 有り得ない。絶対に有り得ない。 これは何かの間違いだ。 自身の片目に右手を当てて、もう一度目の前の光景を確認する。 ああ……。 間違いなんかじゃ、ないのか? 「せ、せんせ……」 「おう、どうした。いっちまえよ」 ここに来て漸く梅林の声を聞いた。 口調こそはいつも通りではあったが、やはりそこに余裕はなさそうだ。 吐息にまざって吐かれたその言葉は、いづきの耳にはり付いた。 ふらふらとする。頭が痛い。 そんないづきに追い討ちをかけるかのように、悠太は背中に這わせていた手を上へ持っていき…… 今度は梅林の首に手を回す。 「きす、キスして……じゃなきゃいけない……から」 「……しねえよ」 「っ……」 キスを頼まれても、梅林はそれに応えなかった。 その代わり悠太の後頭部に手を当て、力を込めて相手を抱き締める。 どちらも話す余裕がなくなったのか、荒い息だけがそこに響き渡っていた。 いづきは立ち上がる。 立ち眩みがしたが、そばにあった机に手を置いてなんとかバランスを保つ。 息がしづらい。 足が震える。 おかしい。こんなのおかしい。 手が机から滑り落ちるように、離れていく。 ふらふらとした足取りで、理科室を出ようと扉に向かう。 扉に手をかけて、開ける。 廊下の空気がやけに新鮮に感じられた。 扉を閉め、一息。 いづきは……全力疾走した。 家まで。 今見たことを振り払うように。 記憶から取り除くかのように。 何度も転びそうになったが、震える足なんか気にしてはいられない。 周りの目なんかどうだっていい。 何故だか分からないが、涙がぽろぽろと溢れ出てきた。 走りながら拭っても拭っても、それが止まることはなかった。 まさか、まさか…… 幼馴染みがホモだったなんて!  
/1066ページ

最初のコメントを投稿しよう!