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帰り道を疾走中、運が良いのだろうか赤信号に引っ掛からなかったいづきはあっという間に自宅についた。
玄関の前に立ち、もたれ掛かるようにしてドアノブに触れる。
走ったせいか、それともあの光景を目の当たりしたせいかは分からないが、息が苦しい。
結局走っても走っても、その光景が脳裏から消え去ることはなかった。
ドアノブに触れていない方の手でズボンのポケットに手を突っ込み、暫く探ったあと家の鍵を取り出す。
こんな簡単なことですら、うまく行えないのが今の現状だ。
鍵穴に鍵をさすことさえ、儘ならない。
「くそ……っ」
顔が熱い、呼吸が辛い、手足が震える。
おまけに思い通りに事が進まないときた。
いづきは苛々に他の感情も混じり、悔しくて声をもらした。
その時だ。
「お兄ちゃん?」
後ろから声をかけられる。
ちょうど今、帰宅した美鈴。
明らかに様子がおかしい兄を前にし、不安そうにしている。
いづきは美鈴に背を向けているので表情は伺えないが、きっと驚いた表情をしているのだろうと思った。
声でわかる。
先程流した涙は乾いたけれど、跡が残っているに間違いない。
どうしたものか。
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