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「お兄ちゃん、やっぱり泣いてるよね」
「だ、だから泣いてなんか……」
「どうしてそんな嘘つくの?」
「……」
背中から感じるこの妙な威圧感。
微かに風が吹いて、いづきの耳をくすぐった。
その風が美鈴から放たれる異様なオーラを吹き飛ばしてくれるわけもなく、いづきは今までよりも深い深いため息を吐く。
「ねえお兄ちゃん、どうして何も話してくれないのかな?」
「いや、その……」
「美鈴はお兄ちゃんの役に立ちたいんだよ?それなのになんで何も話してくれないの?美鈴のこと信用できない?」
そうは言いますけどね、美鈴さん。
実は幼馴染みの男の子が担任の先生とあんなことやこんなことをしてたのを見てしまったんです、なんて言ったら卒倒するんじゃないの?
いづきは口にはしなかったけれど、心の中でそう言葉を投げ掛けた。
目の前には扉しかないわけだが。
当然先程の言葉が届くはずもなく、美鈴がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた……のが気配で分かった。
空気がぴりっとする。
美鈴はこちらに手を伸ばし……
その時だ。目の前から音がした。
その音は普段からよく耳にするものだった。
扉の鍵が解除される音。
それを聞いたいづきは、思わず扉から一歩下がる。
すると背中に美鈴の手があたり、過剰に反応してしまった。
慌てて美鈴の方を見やれば、じとっとした目付きでこちらを睨み付けていた。
とりあえず謝ることに。
謝罪を口にしたとき、玄関の扉が開かれた。
「声がすると思ったら、やっぱり二人だったのね。まったく、何やってるんだか……」
家から姿を現したのは、母親だった。
なかなか家に入ってこない二人を心配したのだろう。
心の底から呆れたような表情を浮かべている。
「ご、ごめん」
「ごめんなさい……」
母に心配をかけてしまったことを悪く思い、二人は素直にそれぞれ口にして謝った。
母は笑って許してくれたので、二人は漸く我が家へと足を踏み入れることが出来た。
いづきは母の登場に助けられたため、感謝していた。
あのまま母が出てこなければ、いづきは美鈴の手によって目も当てられないような姿にされていたに違いない。
美鈴もすっかりあの事は忘れたのか、今では楽しそうに母と話をしていた。
この隙に、いづきはこっそりと自室に戻ることにした。
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