微かに伝わる温もり

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**** ふと時計に目をやれば、時刻は下校時間の少し前を指していた。 五分休憩が終わった後の記憶が曖昧だ。 だが、机に広げられたプリントの解答欄が全部埋まっているのを見る限り、自分はやり遂げたらしい。 なんだ、やれば出来るんじゃないか。 「なに自分でやりました、みたいな顔してんだお前」 「……」 「殆ど俺が言った答えを書いただけで終わったじゃねえか」 これが現実。 そうだ。殆ど……というか全部答えを教えてもらったような気がする。 やはり曖昧。はっきりとは思い出せなかった。 「すみません……」 「そうやっていちいち謝るのやめろ。やりづらい」 「あ、す、すみません」 「……」 「……ごめんなさい」 言い方を変えてみても結局謝っていることに変わりはなかった。 謝るなと言われたら反射的に謝ってしまうのが、人間なのではなかろうか。 なんて開き直ってみる。 シャーペンをしまった筆箱を鞄に放り込み、帰り支度をする。 その最中で、ぽんっと頭に手を置かれた。 その大きな手はいづきの頭を、雑に……それでも優しく撫でた。 「お疲れさん」 普段ではきっと聞けない。 そう思えるほど梅林の声色は、穏やかだった。 心臓が、痛い。 張り裂けそうだ。 鞄を手に取り、がたっと音を立てて椅子から立ち上がる。 未だに座っていた梅林は、不思議がるようにいづきを見上げた。 「……お前」 「ご、ごめんなさい!俺帰りますね!」 梅林が何かを言おうとしたのにも関わらず、いづきは逃げるようにして走り出した。 いづきが教室を飛び出した後も、足音だけは聞き取れる。 足音が完全に聞こえなくなった頃に、梅林は深く重苦しいため息を吐いた。 プリントを手にして、折り畳む。 「……日下部ねえ……」 静寂に包まれた教室に静かに響くその声。 勿論、その言葉に反応する人物などそこには存在しなかった。  
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