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日差しがあまりない、湿度の高くじめじめとした森で戦いが行われていた。と言っても戦っている者の姿は見当たらない。木立と柔らかい形質の葉の茂み、時折顔を出す小動物がいるだけ。だが、この静寂に包まれた森の中に確かに二人の狩人が互いに息を潜めていた。
薄暗い森の一部、低い茂みが音を立てる。
その音に反射的に、少し離れた木の陰から矢が放たれた。直線を描いた矢は目的となる茂みに飛んでいく。
捕えた。矢の射手がそう思った瞬間、間一髪で茂みから黒い影が移動し矢を避けた。黒い影は矢の射手に見付けられぬ様、すぐさま身を隠す。矢の射手の位置からは完璧に見えない移動の仕方だった。やがて黒い影の動く音が消える。矢の射手は見失ったことに舌打ちをし、悪態をついた。顔は楽しそうに笑っているが。
「さすがですね、ダン師匠」
落ち着きを感じさせる少女の声が森の中に響く。人ひとりがなんとか隠れられる木の陰に、今しがた矢を射た少女がいた。
少女はそう言いながら新たな矢を装填して周囲に注意深く目を動かす。
「痴(し)れ者が。戦場で敵に言葉を掛けるとは。よもやワシを挑発させて炙り出すつもりではないな。狙撃手であるワシ相手に挑発とは、自分を見つけて撃ってくれと言っているようなものだぞ」
姿は見えない。何処からか返すは、老いを感じさせる男性の声。
「いいえ、感動がつい口に出てしまっただけですわ」
それを飄々(ひょうひょう)とした口ぶりで少女は返した。
少女はにやりと笑みを浮かべる。いつも口数が少ないダンだが、今日は多く言葉を紡ぎ過ぎたことを彼女の耳は逃さなかった。加えて、確実に声のした方向も捉えた。
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