19人が本棚に入れています
本棚に追加
──木村君!
誰かが、俺を呼んでいる。懐かしいような、胸の奥が騒がしいような……
これは隆広じゃなくて……
「木村君!」
透明で、しとやかな声が反響して、俺の耳に入る。
重たい目蓋が、現実に引き戻されることを拒む。しかしそれは許されない。俺は逃げちゃいけないんだ。
ゆっくりと体を起こすと、そこは見慣れた俺の部屋だった。隣には陽菜乃も座っていて、俺を覗きこんでいる。昼間にタイムトラベルしてきたような感覚だ。
「ああ……良かった、目を覚ました」
ほーっとついた陽菜乃の吐息が、妙に鮮明に聴こえた。
どこから意識が無いのか……白髪の男から逃げたあの時から、どうも記憶が薄い。
一目散に家に入って……どうしたのだろう。
「びっくりしたよ~木村君急に倒れちゃうからさ。……まあ精神的に背負うものが大きすぎたからね」
そうか、俺は倒れたのか。精神的に背負うもの……隆広のことか。隆広は死んだのか。本当に、本当に死んじゃったんだな。
暗い部屋に、一人たたずむ隆広を見た。
笑っていない隆広を見るのは、初めてだった。
「……木村君顔色悪いよ?何か食べる?」
陽菜乃の気遣いを左手で制すると、俺は盛大なあくびをした。ぼこぼこと吐き出る息が、大きな気体を出そうとして、つっかえる。
最初のコメントを投稿しよう!