19人が本棚に入れています
本棚に追加
「あら、二人とも手なんか繋いじゃってぇ~シンデレラごっこ?」
母さんが嬉しそうに近づいてくる。ちょっと鬱陶しいけど、世間からすればいい母親なんだろうな。
「丹沢を家まで送ってくるよ」
そろそろ父さんも仕事を終えて帰ってくる頃だ。その前に家を出たかった。
「あら、それなら心配ないわ!せっかく来たんだから、ひなちゃんにもうちのカレーをご馳走しようと思ってね、張り切って作ったから是非是非食べていって!」
「母さん」
突き放すような言葉になった。含んでいた氷を吐いたように、口元が硬直している。
「ごめん……行く。帰ってきたら、俺にそのカレー食べさせて。楽しみに待ってるから」
靴のかかとを踏んだまま、家を出た。後ろで「パンくらい食べていったら?」と声がした。本当は家族で──陽菜乃を含めた皆で、食卓を囲んで笑い合っていたかった。でも……ああ、また逆接だ。
家族の温かさに触れてしまったら、もう学校に乗り込む勇気は溶けてしまうだろう。それは許されなかった。
「気をつけてらっしゃい!」
背後から母さんの声が聞こえた。くぐもった内側の声ではない、外に出てまで送り出してくれたのは、俺がどんなことをしようとしているか分かっているからだろうか。……まさか。それは無いよな。
家の一人っ子である俺に、愛情を一心に注いでくれた母さん。すごく、すごく背中を押された。心強かった。
ふと涙腺が緩んだ。陽菜乃に気づかれないように、早足になる。
ついさっきまでとは比べ物にならない程軽くなった体で、俺は夜の田舎を踏み歩いた。
最初のコメントを投稿しよう!