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しかしあろうことか校門を出る直前、足を踏み違えて転んでしまった。力強い足音がみるみる近寄ってくる。
「待て!俺の話を聞け!」
聞いている場合では無い。一刻も早く逃げ……
足が動かない。床板の角でふくらはぎを思い切り打ち付けてしまった。
ガシッ。三度目だ。また肩を掴まれた。
「とにかく、お前が誰か名乗れ。名乗らないなら力づくで仰向けにしてその顔を拝むぞ」
それだけは嫌だ。バレたら終わりだ。退学なんかじゃ済まないかもしれない。どうすれば、どうすれば、どうすれば……
「オッサン、そこまでにしぃーや」
訛り口調の、ハスキーな声。見上げると、そこには長髪の男がいた。その鋭い眼光からは、狂気さえ感じられた。
長髪の男は片手で崎本を突き返すと、そのまま崎本と間合いを詰めた。
「く…………何をする」
「おい坊主」
長髪の男が俺に話しかける。目は崎本を睨んだままだ。
「はよ行かんか。助けてやっとんや恩恵に浸らんかい」
「は、はい」
言われるがままに玄関を飛び抜けた。もしかすると学校に侵入して間もなく見た人影は、この男のものだったのだろうか。
何にしても助かった。
いくら教室では独りだろうと、いざとなった時にはいつも誰かが俺を救ってくれている。今日の村瀬だってそうだ。何だかんだ言って、この世界は不条理ばかりじゃないんだ。
自転車を見つけるとすぐ、家に向かって漕いだ。
知らない間に家に着いていた。帰っている道中のことは記憶力のいい俺でも覚えていない。余程疲れていたのだろう。今日一日だけで色んなことがありすぎた。皮膚を流れる汗だけが現実を物語っている。
ただはっきりと覚えているのは、母さんも父さんも陽菜乃も、深夜に入っても寝ていなかったこと。そして涙ながらに、俺の帰りを喜んでくれたことだ。
温かかった。俺を必要としてくれる人たちが、こんなにも身近にいたんだと思うと。
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