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『オビエロ クルシメ イキタエロ ソレガ イヤナラ コチラヘコイ』
黒い六角形が俺を呼ぶ。そうだ。あれを見ていればこんなに辛い思いをしなくてもすむ。張り裂けるような耳鳴りからも解放されるのだ。
顔面を覆っていた両手をゆっくりと膝元に置く。ふわっと痛みが和らぎ、胸元が軽くなる。
ああ……気持ちいい……
痛み、苦しみから解放された時。人は緩んでしまう。意識がぼーっとして、安心感が血の中を駆け巡って全体に行き渡る。
だからその身が外部から侵されていようとも、気づけないのだ。
「木村!授業が始まるぞ遅れるな!」
外部からの救いが無ければ。
突如として聞こえてきたのは、崎本のハリのある声だった。波風一つ立たないような空間から、一気に解放される。
「……さ、崎本先生……うっ」
現実に引き戻された俺は、やっと頭の中をまさぐる違和感に気づくことが出来た。
コノヤロォ……!
俺は頭を掻きむしりながら、崎本の方へ走る。方向感覚が鈍っているのか、何度も壁にぶつかりながらやっと出ることが出来た。
「ハァ……ハァ……ッ」
閑散とした廊下。取り付いていた悪霊が消えたように、俺の体は軽くなった。室内とはいえ、行き詰まりの無い新鮮な空気を取り込む。
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