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大きく深呼吸をした。しかし隣にいる男の顔を見た途端、膨らみかけた肺から空気が抜けた。
「崎本ォ……君はこいつを逃がしたのか?」
シラだ。生徒指導室で聞いた機械的な声色とは違って、薄く落ち着いた生の声だった。
シラは、崎本を睨んでいる。壁にもたれ掛かった彼はその長い脚が際立つ細身な体で、崎本とは対照的だ。
生徒指導室を出たばかりの僕の目の前で、鋭い視線がぶつかり合う。二つの閃光に挟まれて、身動きが取れない。
「我々に逆らうような真似をして、ただで済むとでも……」
「とんだ言いがかりだな。私はただ、自分の受け持っている生徒が授業に来なかったから連れ戻しに来ただけだ。それに一時間目はASの授業。貴様らにとってもこの授業を受けさせない訳にはいかないだろう」
崎本の目は狼狽えない。逆に泳いでいるのはシラの方だ。それにしても……我々?貴様ら?
「こいつは、私の生徒だ。貰っていくぞ」
歯ぎしりをするシラを置き去りに、僕は崎本に腕を引かれた。
「待て木村陽二郎……お前、ここであったことを話したらタダじゃ済まさないぞ……」
シラが釘を刺してくる。言われなくてもそんな危険な行為、自分からしようなどと思わない。
「あ、あの先生……」
──アイツは誰ですか。何が起こってるんですか。先生はどちらの味方なんですか。
腕を引いていく崎本に問いたいことは山のようにあった。
「無駄なことは考えなくていい。今は訳が分からないだろうが、直にいやでも理解できる」
しかしそんな言葉を言われては、生徒として黙るしかない。僕は長い長い廊下を、重い頭を抱えて歩いた。
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