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誘っても俺に勝てると思われたことへの嫌悪感。
「サエイ、左だ!」
シュバルベから光が放たれた。スパルナからは破片が出た。
「サエイ!」
手を伸ばした。
伸ばした先にあったのは2段ベットのアルミフレームだった。ジュラルミンのコックピットではなかった。嫌な汗をかいていた。腕を降ろして溜息を吐いた。
「またあの夢?」
女の声がした。ゆっくりと起き上がる。重力があることを確認できた。
「ああ」
彼女に振り向く。壁を背に膝を抱えて座っているのはセツヒだった。上目使いで俺を見ている。少なくとも寝る時には彼女はいなかった。
「だが夢の内容をお前に話したこともなければ俺が夢を見てるということをお前に言ったこともない」メカニックの顔を思い浮かべる。「オーリに聞いたのか」
「ううん」彼女は微笑む。「何となく思っただけ。魘されていたけど、起きた時またこれか、って顔してた。だからいつも見ている悪夢なのかなって。どんな夢? 聞かせて」
セツヒは2週間前からここに配属された新人だ。どういうわけか配属された時から絡んでくる。今は一時的な停戦状態で、哨戒で飛ぶことはあっても戦闘はなかった。だから彼女は未だ実戦というものを経験していない。
「言うわけないだろ」
窓の外に目をやる。晴れの光が射し込んでいた。
「それより勝手に入ってくるなよ」
「鍵開いてたから」
「何しにきた」
「冷たいね」
沈黙が流れた。彼女に目を戻す。
セツヒは窓の外を見ていた。或いは何も見ていないかもしれない。口元は見えない首をかしげていてその目は何だか憂鬱であった。単純に眩しいだけなのかもしれないが。
今更ながら今は夏であることを思い出した。30回目の夏だ。夏だから暑い。慣れてしまった身体はそこまで深刻に暑さを訴えないけれど、思い出した瞬間暑いなと思った。
そこにいるのはサエイだろうか、と思ってみる。
悪夢を見るたびに彼女を思い出す。
悪夢を見なくてもふと彼女を思い出す。
今まで俺の周りから消えていった人間はたくさんいた。
離陸する時と着陸する時で人数が合わない時がある。
しかし彼らのことはまるで思い出せない。
1ヶ月前に墜ちた奴は誰だっただろうか。
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