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仕事を終え、同僚と二時間ほど居酒屋で軽く飲んできた柏木は、軽い足取りで自宅のマンションに帰ってきた。
鍵を取り出し自室の部屋番号の扉の前まで来た時、朝ちゃんと施錠して仕事に出掛けたのに、扉の鍵が開いていた事に気付く。
がしかし、それはそれほど非常事態という訳ではない、彼は自分が付き合っている女性に合い鍵を渡している、だからこの時も、疑う事なく彼女が来ているのだろうと思い、取り出した鍵をポケットに収めて扉を開いて自分の部屋へと入っていった。
「おーい、晴佳」
玄関で靴を脱ぎ、2DKの短い廊下を歩きながら、明かりの漏れている部屋のドアを彼女に呼び掛けながら開けた。
「来てるなら来てるって電話してくれたら、もっと早く帰ってきたのに…」
と中で座っていた人影に声を掛けたが…
「おかえり」
挨拶を返したその声は、五つ下で現役の女子大生の彼女の若々しい声ではなく、年齢を重ねて威厳の漂う、 柏木よりも遥かに年上の女性の声だった。
「!!?…お、伯母さん?」
彼の母方の伯母の村角雪恵は、部屋の真ん中に敷かれた座布団に正座して、ピンと背筋を伸ばしたキレイな姿勢を保ったまま、驚いて口をパクパクさせている甥の間抜けな顔を見上げていた。
「随分と遅かったじゃないか、弘人」
事態が理解できない柏木は、そう言って自分の前に曳かれた座布団を指差して座れと誘導する伯母の指示に、 訳が解らないまま素直に従ってチョコンと正座した。
「急にどうしたんです?電話の一本でも入れてくれれば…」
「電話をしていたらどうしてたんだい?」
不敵な笑みを浮かべつつも、笑っていない目で伯母は柏木の目を見据える。
「あんたの事だ、連絡入れたら今日は帰ってこなかったんじゃないのかい?」
多分そうしただろうなと、自分の日頃の行動を思い返して、柏木は項垂れながら納得した。
だいいち、今この時点でも、居酒屋で一杯飲んでいなくて完全なシラフだったとしたら、何か理由をつけて即刻この場から逃げ出していたかもしれない。
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