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体調不良の為に判断力が鈍っていたのだろうか、彼がその女性は生きていないという事に勘付いた時には、彼女が彼の視線に気付いてこちらを振り向いていた。
『や、やばっ』
急いで視線を逸らして見て見ぬフリをする。が、柏木が彼女の視線を感じてチラリとだけ横をみてみると、その女性はこちらに向かって歩いてきた。
『来たよ来たよ…マジでヤバイぞ』
一刻も早くこの場から去らなくてはならない、しかし信号が赤なので動く事が出来ない。前には二台、右折ラインに左ラインも車で埋まり、後ろにも数台並んでいて一切身動きはとれない。
それを知ってか知らずか、ゆっくりとした歩みで彼女は近付いてくる。
『早く信号変わってくれー!』
という彼の願いが届いたのか、歩行者用の信号機が点滅を始め、赤へと変わった。
行けるぞ、と思い女性を見てみると、彼女は丁度ビルとビルの隙間から歩道に出て来た所だ。
そして女性がゆっくりとした歩みで歩道を横切り、車道まで出て来た所で、目の前の信号は青へと変わった。
「よっしゃあ!」
変わって二三秒後には車は走り出し、白いワンピースの女性の幽霊を置き去りにして順調に車は交差点を渡り、何事も無くスピードを上げていった。
「はぁ…助かった…」
ホッと胸を撫で下ろし、ドッとシートにもたれかかる。
「…しばらく、この道は使わない方が無難かな?」
前を走る車のテールランプをボンヤリと眺めながら、別ルートの通勤路を幾つか頭の中でピックアップしていく。
そしてそれとは別に、シートにもたれかかった背中に何とも言い難い不快感が、彼の頭の中で大きくなってきた。
「ベタベタする…嫌な汗をかいたな…」
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