14 恩寵

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 彼に声を掛けてきたのは篠原天音、星ヶ先学園に勤める音楽教師で吹奏楽部の顧問も務めている人だ。無論竹中も授業を受けているのだから、急に声を掛けてきたこの先生の顔はすぐに解った。 「ちょっとね、頼みたい事があるのよ」 「…僕にですか?」 「今日これからね、高校吹奏楽演奏会があってウチの吹奏楽部もそれに出るんだけど…記録というか記念というか、ステージ上で演奏している所を写真に残したいのよ」  最初は自分の担当クラスの戸部に頼んだのだが、親戚の一回忌があるので無理だと言われた。そこで、その場で江藤に連絡して無事OKをもらったのだが、どうも期末テストの成績が芳しくなかったようで、親の目が厳しくて家を抜け出せないと、ついさっき連絡があったらしい。 「…まあ、あいつの使っている上級者一眼レフは父親の所有物だし、けっこう上のレベルの大学目指してるみたいだから、目を盗んでカメラ持ち出して抜け出すってのは厳しいですね…」 「取り敢えず、ウチの部員に光画部の友人がいるからって連絡して、一応は会場に来てくれるみたいなんだけど…一年だからまだカメラに慣れてないって言ってるらしいのよ…だから竹中君も来てくれないかな?」  実際の所、光画部の一年は全員入部してから一眼カメラを手にしたという人間ばかりだ。誰が来るのか竹中は聞いていないが、先生の言う事も解らないでもない。  が、彼の返答はNOだった。 「僕まで行かなくても大丈夫でしょ」 「いやいや、やっぱりここは先輩として見本をみせなきゃ」 「そうは言っても、僕だって光画部に入ってから一眼を使ったって輩ですから、技術なんてそれほど無いですよ?」 「でも、何かあったら不安じゃない?」 「最近のカメラは性能がいいですから、バッテリー切れでも起こさない限り大丈夫だと思いますよ」 「もしもって事、あるかもしれないじゃない」 「まあ…否定はしないですけど、僕今カメラ持ってませんよ?」 「…何で?」 「何でって…僕芸能記者とかじゃないんで」  どこかに何かを撮りに行く所だとでも思ったのだろうか、竹中がカメラを持っていない事に一瞬先生は固まったが、腕を組んで何かを考え始めた。
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